2026.11.05
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未来対応型人財の要件の一つと考えられるのが「キャリア自律」だ。
不連続な環境変化に直面しても柔軟に対応し、会社に依存せずにキャリアを築いていく姿勢はますます重要になる。
しかしその半面、「キャリア自律」という文言がややバズワード化し、曖昧に捉えられている面もある。
キャリア自律の本質を捉え、変化対応への実効性を高めていくには何が必要か。
学習院大学 経済学部経営学科教授の守島基博氏に聞いた。

目標設定自律、学習自律、仕事自律
~キャリア自律の因数分解が出発点

「キャリア自律」とは、変化する環境のなかで、働き手が自らのキャリア構築や学習に主体的・継続的に取り組む姿勢を指す言葉である。経済・社会情勢の不確実性が高まる今、突然の不連続な変化によってこれまで培ってきたキャリアやスキルの価値が急激に低下してしまう恐れもある。変化の大きい時代だからこそ、与えられた仕事を受け身で捉えるのではなく、社会において何を成し遂げたいかを自分なりに明確化し、主体的にキャリアを切り拓く姿勢が不可欠だ。

近年ではキャリア自律の重要性が広く認識される一方で、それがかえって働き手の迷いを深めている側面もある。選択肢が増え、自らの意思決定が求められる局面において、明確な価値軸を持たないままでは、判断を誤る可能性があるためだ。

とりわけ正解が存在しないキャリアでは、目の前の条件や短期的なメリットに流されやすくなる。その結果として、本来目指したい方向とは異なる選択を重ねてしまうリスクも高まる。

ここで本質的に重要なのは、キャリア自律の概念を理解するだけにとどまらず、働き手一人ひとりが自らの意識改革や行動変容にしっかりと結びつけることだ。しかし実際には、「キャリア自律」という言葉だけが一人歩きして、具体的な行動に必ずしもつながっていないのが実情だという。こうした問題意識から、キャリア自律の捉え方自体を見直す必要があると守島氏は指摘する。

「この『キャリア自律』という言葉の受け止め方にも、やや注意すべき変化が見られます。人手不足を背景に転職市場が活性化し、企業からのスカウトなどによって転職のハードルが下がったことで、『いつでも転職できる状態にあること』そのものをキャリア自律と捉える傾向が、とりわけ若手層を中心に広がっています。

しかし本来は、単に移動の自由度が高い状態を指すものではありません。まずやるべきは『キャリア自律』を因数分解することです。例えば、働くことを通じて何を実現したいかを考え、その達成に向けて目標を設定する『目標設定自律』、何を学ぶべきかを自ら考え、必要なスキルを主体的に伸ばしていく『学習自律』、与えられた仕事の意味を自分なりに再定義し、より高い価値創出につなげていく『仕事自律』の3要素に分解できる。こうして、自分のキャリアに必要な要素をより解像度高く捉え、その実現にとって現在の環境が適しているのかを考えたうえで、主体的に選択していく姿勢こそが問われます」(守島氏)

図キャリア自律を因数分解する

目標設定自律

働くことを通じて実現したい目標を設定

学習自律

必要なスキルを
主体的に伸ばす

仕事自律

仕事の意味を再定義し
価値創出につなげる

AIにはできない「目標設定」が企業にも個人にも求められる

キャリア自律の要素のなかでも、とりわけ重要だと考えられるのが「目標設定自律」だ。Adecco Groupの年次調査レポート「Global Workforce of the Future(2025年版)」でも、AIが目覚ましい進化を遂げるなかで、働き手が仕事の変化に対応していくためには、目的意識の明確化が有効だと指摘している。

しかし、日本ではこれまで、従業員一人ひとりの目的意識の醸成や目標設定に対し、企業が深くコミットする機会は必ずしも多くなかった。これは、高度経済成長期の成功体験の負の影響とも言える。当時は企業の目標が固定的であったため、働き手も自ら目標を設定する志向が弱く、与えられた仕事を受動的に受け入れる風土が長く定着していた。こうした傾向は前述のレポートでも、日本の働き手の目的意識が世界平均の46%より低い17%にとどまったこととも重なる。

この課題は、企業の競争力やイノベーション創出力にも直結する。かつての成功体験が役に立たなくなり、未知の領域に飛び込んで新たな価値創造に挑戦し続けなければ、国際競争のなかで勝ち残ることもできない。そうした挑戦を支える原動力となるのも目標設定である。

「これまで日本企業で目標設定の重要性が十分に意識されてこなかった背景には、日本の雇用慣行も影響しています。多くの日本企業では、従業員は与えられた役割のなかで経験を積み重ねていくことで、結果的にキャリアを形成していくことが可能でした。『次に何をすべきか』を、自ら深く考える必要性は高くなかったのです。

しかし、先行きが不透明な時代においては、このような前提はもはや成り立たなくなりました。未来とは、あらかじめ決まっているものではありません。だからこそ未来対応型人財には、『自分がこれから何をすべきか』という目標を自ら設定する力が不可欠です。これはAIにはできない、人間だけが備えた能力です。

現時点の日本では、AI普及の影響によって直ちに雇用の大幅な削減や人財のキャリアの断絶につながっている状況とは言えません。企業でのAI活用は発展途上にあり、多くの企業では、まだ業務効率化や補助的な役割にとどまっているのが実情でしょう」(守島氏)

個人のキャリア形成はまだ、AIよりも企業の人財戦略や仕事の与え方に大きく影響を受けていると言える。一方で、AIの進化が中長期的に働き方を変えていく可能性は確実に存在する。だからこそ今の段階から、自らのキャリアを主体的に構想し、目標を設定する姿勢が重視されるのだ。

「働き手一人ひとりがその志向を持たなければ、企業も前進できず、成長も実現できません。日本で未来対応型人財を育むためには、企業と個人の双方が意識を転換していく必要があります」(守島氏)

マネジメント層は一人ひとりのキャリア目標としっかり向き合うことが重要

では企業が働き手の自律的な目標設定を促すには、どのようなアプローチが有効なのだろうか。まず、経営層をはじめとしたマネジメント層が果たすべき役割として重要なのは、従業員一人ひとりのキャリア目標について、組織としてどこまで実現可能なのか、正面から向き合って対話を重ねることだと守島氏は話す。

「理想論かもしれませんが、『組織開発のトップになりたい』『事業戦略のエキスパートになりたい』といったキャリア目標に対し、自社のなかでどのように実現し得るのかを、率直に話し合う場を持つことが不可欠です。そうした機会がなければ、働き手は限られた情報だけを基に、『ここにいても目指すキャリアは築けない』といった判断を下してしまう可能性がある。そうした事態を防ぐためにも、企業は自社のなかにどのような機会が存在しているのかを積極的に提示していくべきです。そのうえで、働き手のキャリア目標をどのように実現できるのか、さらにそれが企業の成長にどのように寄与するのかを、対話を通じて共有していくことが重要です」(守島氏)

これは、企業側の事業目標・組織目標と、働き手側のキャリア目標をすり合わせていくプロセスである。こうした対話の場は、まだ自分のキャリア目標を十分に言語化できていない従業員にとっても意義がある。マネジャーとの対話を通じて、自らの価値観やキャリア目標を見つめ直す契機となるからだ。

同時に重要なのは、マネジメント側も、自社にどのような機会が存在し、それらが企業の目標やパーパスにどうつながっているのかを明確にしておくことだ。

「そもそも企業側も、『自社は何を実現する存在なのか』『どのような価値を社会に提供していくのか』などを十分に言語化できていない場合が少なくありません。そうした根本的な問いに立ち返り、それを個々のキャリア目標と接続して具体化することが求められます。このプロセスは、企業にとっても自社の方向性を再確認する重要な機会となるはずです」(守島氏)

若手社員の目標設定自律を促す
「パーパスカービング」

働き手の自律性を促すためには、企業の人事部門も変わっていく必要がある。これまで日本の人事部門は、人財の「管理」を主軸としてきた。必要な従業員数の確保、職務経験を積ませるための配置、業務遂行状況の評価などが主なテーマであり、それらを安定的に実行することが「良い人事」と捉えられてきた。しかし、不確実性の時代にはこうした役割だけでは不十分だ。

「これからは、人財の『管理』ではなく、『解放』の時代だと私は捉えています。人事の役割は、働き手一人ひとりが持つ目標をどう実現できるかを考えることにある。そのために潜在的な能力を引き出して顕在化させ、最適な機会を提供していくことが必要です」(守島氏)

高い潜在力と明確な目標意識を併せ持つ人財こそが、変化に対応できる「未来志向型人財」となり得る、というのが守島氏の見立てだ。一人ひとりの潜在力と目標実現を適切に結びつけ、より多くの未来志向型人財を生み出すことが、これからの人事部門に求められるだろう。

この取り組みを進めるうえで課題となる可能性があるのが、入社間もない若手従業員への対応だ。仮に高い潜在力を備えていたとしても、入社初期の段階に自分で明確なキャリアの目標を設定することは簡単ではない。そのため、本人がまだ自覚していない価値観やキャリア志向に気づきを与えることも必要になる。

その実践のヒントとして、守島氏が挙げるのが「パーパスカービング」という考え方である。カービング(Carving)とは「彫刻」の意。若手従業員が現場マネジャーや先輩・同僚との対話を通じて、仕事に対するパーパスや目標を発掘・深耕し、言語化していくプロセスを指す。具体的には、一部の企業で行われているキャリア面談などが、パーパスカービングの実践の場となる。

「キャリア面談には大きく2つの役割があります。一つは、自社がどのような方向に進もうとしているのか、パーパスや戦略をメンバーに伝えること。もう一つは、働き手自身が何を実現したいのかを考える機会を提供することです。後者がパーパスカービングに相当し、とりわけ若手従業員にとって重要な意味を持ちます」(守島氏)

「カービング=彫刻」という言葉の通り、上から価値観を押し付けるのではなく、その社員の内面にもともと存在しているものを掘り起こす営みであると守島氏は強調する。

「優れた彫刻家は、素材となる石や木の塊のなかに最終的な作品の姿を見いだし、それを削り出していくと言いますよね。若手従業員の内面にも、自分ではまだ気づいていない熱意や、仕事を通じて実現したい想いが隠されている。対話を通じてそれらを引き出し、本人の自律性に結びつけていくのがパーパスカービングの本質だと捉えています」(守島氏)

人事の役割が「管理」から「解放」へとシフトしている背景には、深刻化する人財不足の問題もある。企業にとっては、一人ひとりの能力や意欲を最大限に引き出し、組織全体としての成果につなげていく必要がある。すべての人財を戦力として活用していくためにも、「個」を生かすマネジメントへの転換は避けて通れないのだ。

これからの時代は「計画的偶発性」と価値軸が新たなキャリアの機会を生み出す

一方、働く個人が自分のキャリアを自律的に考え、具体的な行動に結びつけていくうえでヒントになりそうな概念として、守島氏が挙げるのが「プランドハプンスタンス(計画的偶発性)」だ。

自律性が大事だとは言っても、入社してから長く未来へと続くキャリア形成を、すべて緻密に計画していくのは不可能に等しい。そこで、自分のキャリア形成についてある程度の計画性を持ちながら、自身の価値観に合ったキャリア選択の機会に出合ったらそれを機会として取り入れていく。これが計画的偶発性の基本的な考え方である。

この場合も重要なのは、キャリア目標を自分なりに明確化しておくことだと守島氏は話す。

「最近はリファラル採用も普及していますから、例えば起業した友達から『うちの会社で組織開発の人財を求めているんだけど、来ない?』といった思いがけない誘いを受けるかもしれない。もし組織開発の分野で活躍したいという目標を明確に持っている人ならば、その誘いを受け入れれば、自分の望むキャリアに向けて新しい一歩を踏み出すことができます。しかし目標があやふやだと、この出来事自体を自分のオポチュニティーだと気づくことができないでしょう」(守島氏)

不確実性の高い今の時代、自分のキャリアの将来を固定的に捉えすぎることはリスクでもある。大切なのは、自分なりの価値軸を持ち続けることだ。

ただ、ここで強調しておきたいのは、キャリアにおける目標は必ずしも固定的なものではないという点である。

「環境の変化やライフステージの変化もあるでしょう。その変化のたびに、キャリア目標は改めて考えればいい。プランドハプンスタンスによって変わり得るものです。

一方で、例えば『人の役に立ちたい』や『お金持ちになりたい』といった、より大きな価値観の軸は持ち続けることができます。こうした軸があるからこそ、目の前に現れる選択肢を自分なりに評価し、納得感を持った意志決定が可能になるのです」(守島氏)

その軸があるからこそ、予期せぬ変化にも柔軟に対応し、それをキャリア形成の新たな機会へと転換していくことができるのだろう。

Profile

守島基博氏
学習院大学 経済学部経営学科教授
一橋大学名誉教授

米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部Assistant Professor。慶應義塾大学総合政策学部助教授、同大大学院経営管理研究科助教授・教授、一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より現職。2020年より一橋大学名誉教授。著書に『人材マネジメント入門』『人材の複雑方程式』『全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発』『人材投資のジレンマ』(以上、日本経済新聞出版)、『人事と法の対話』(有斐閣)などがある。