2026.11.02
AI・テクノロジー
Future-skills
リスキリング

生成AIの浸透は、仕事の価値構造そのものを書き換えつつある。
情報処理を担ってきた中間層の役割は、AIの台頭によって急速に縮小している。
一方で、「答えのない問いに向き合う力」と「人間ならではの感情」の価値は、これまで以上に存在感を高めている。
この構造変化のなかで、個人はいかに自らを組み替え、組織はいかに個人の力を引き出せばよいのか。
経営学者として世界の最新理論を俯瞰する早稲田大学大学院教授の入山章栄氏に聞いた。

――AIの浸透によって、仕事の価値はどう変わっていくのでしょうか。

仕事の価値は今、U字型の「スマイルカーブ」を描き始めています。「上流」は、答えのない問いに向き合い、腹をくくって意思決定し、最終的な責任を取る仕事。AIには代替できず、希少性が増して価値は上がります。

一方、現場の仕事である「下流」では、感情をコントロールする必要がある「感情労働」の価値が上がります。生身の人間から感情を受け取りたいという欲求は消えないからです。

問題は「中流」、情報処理を担う層です。上の指示を下に伝え、現場の情報を整理して上に報告する。従来の中間管理職やバックオフィス業務は、AIに置き換えられて価値を失います。

図AI時代の仕事の価値

AI時代の仕事の価値

――中流にいる人たちは、リスキリングで備えればよいのでしょうか。

私はそれではまったく足りないと思っています。これは数日間の研修でスキルを上書きする程度の話ではありません。求められるのは、物の見方、価値観、他者との関わり方、生き方そのものを丸ごと組み替えるような「メタモルフォーゼ」。いわば「異世界転生」レベルの変容です。これまでの成功パターンを一度解体するくらいの覚悟がなければ、AI時代は乗り切れません。

メタモルフォーゼの核心にあるのは、周囲の信頼を得ることです。私が今、信頼を重視する理由は2つあります。

第1に、変化の激しい時代のリーダーは、答えのないなかで決断し、失敗しても前進しなくてはなりません。信頼されていない人間には、それができない。

第2に、AIによって思考や情報がコモディティ化すると、みんな同じことを言えてしまう。発言の中身ではなく、発言者の人格こそが問われる時代になります。

信頼とはテクニックではなく「場数」で築かれる

――信頼を築くうえで大切なことは何でしょうか。

最も重要なのは透明性です。AIとSNSがこれだけ発達した時代に、隠し事をしても必ずバレる。だから、失敗したときは隠さず素直に謝ることが大切なのです。

私がベンチマークにしているのが、芸人の狩野英孝さんです。近年、不祥事後に隠ぺいを図った芸能人は業界での居場所がなくなる一方、狩野さんのように「やらかしたけど、うそはついていない」と見られる人は好感度を上げ、新たな仕事にも恵まれています。

ただし、とりわけシニア層にとってこの変化は簡単ではありません。プライドが邪魔をして謝れない人が多いでしょう。だからこそ、これはスキルの問題ではなく「人間性そのものの組み替え」に相当する話なのです。

忘れてはならないのは、信頼とは目的にした瞬間に失われるという点です。モテようとしてもモテないのと同じで、信頼を狙って動けば相手に透けて見える。信頼とはテクニックではなく「場数」です。生き方も考え方も価値観もそれぞれ。そのなかで自分にフィットする相手と出会えたとき、自然と信頼が芽生えるのだと思います。

脈絡のないキャリアが自然な時代に

――AI時代、組織にはどのような変容が求められるでしょうか。

正解のない時代、最後に残るのは「自分たちはどうありたいか」という主観的な価値判断です。データも分析もAIが出してくれるなか、最終的なよりどころはその会社固有の価値観しかありません。

しかし、こうした価値観を明確に持つ企業は多くはない。雇われ社長が続く会社では、特に哲学が希薄になりがちです。サイボウズのように価値観を言語化し、全社に浸透させる姿勢が、ますます重要になります。

さらに、今は多様性の時代です。変化の激しい現代に、きれいに一本筋の通ったキャリアストーリーなんてうそくさい。プランドハプンスタンス(計画的偶発性)を地で行く、脈絡のないキャリアこそ自然です。こうしたバラバラな個性を束ねるには、共通の価値観が欠かせません。思想なき多様性は雑多な集団で終わり、多様性なき思想は同調圧力に堕ちる。両輪があってこそ、強い組織が実現するのです。

AI時代の企業は経営者とCHROでほぼ決まる。
これからは「失敗人事」が重要に

――会社固有の価値観はどのように言語化できますか。

近年、世界的に経営層から注目を集めているのが哲学の領域です。と言っても、カントやヘーゲルがどうといった知識の話ではありません。「正解のない問いに、自分の頭で考えて議論する態度」のことです。著名な哲学者であるマルクス・ガブリエル氏は、現在「チーフ・フィロソフィー・オフィサー(CPO)」の養成に取り組んでいます。

生成AI「Claude(クロード)」を開発するアンソロピック社が、哲学者を重要ポジションに登用していることも特筆に値するでしょう。AIの最前線を走る彼らは、思想が経営判断を左右することを理解しています。米軍にAIの技術提供を求められたとき、それに応じるか否かの判断は、もはや哲学的な思想の域に入ってくるわけです。

――組織変革において、「人事部門」が担うべき役割は。

AI時代の企業は、経営者とCHRO(最高人事責任者)でほぼ決まると言っても過言ではありません。

私がかねて苦言を呈しているのは、日本企業は採用が根本から間違っているという点です。学歴偏重の採用は本当に無意味です。能力以上に、価値観が合うかどうかが重要だからです。こうした現状を改革できるかどうかも、人事部門にかかっています。

ところが日本はCHROの立場が驚くほど弱い。人事部門は経営の戦略パートナーになれていません。

これまでは終身雇用のもと、人事は伝統的に失敗が許されない仕事でした。評価制度も異動も慎重を重ねるしかなかったのです。しかし変化の時代には、人事こそ挑戦し、失敗しながら学ばなければなりません。マーケティングやR&Dは失敗が許されるのに、人事ばかりが失敗すると否定されるのはおかしい。私は今後、「失敗人事」という概念を積極的に奨励したいと考えています。

――多様な人財が本音で議論する場は、どうつくればいいのでしょう。

日本企業は建設的なコンフリクトが本当に下手ですよね。解決策の一つは経営会議に外部ファシリテーターを招くこと。利害関係のない第三者が加わるだけで、議論の質は変わります。

経営合宿やオフサイトで腹を割って話す時間も有効です。個人的に推しているのは「たき火」。イェール大学の研究では、視覚情報が遮断されて聴覚だけになると、人間の共感性が高まるとされています。たき火を囲むと、みんな相手の表情や肩書が目に入らず、自然と本音が出るのです。「合宿にたき火」は、本気でおすすめします。

これからの経営者の役割は組織と人をつくること

――未来対応型の組織をつくるうえで、「経営者」に求められる変革とは。

ポイントは3つあります。

第1に、経営者自身が信頼される存在であること。透明性を高め、失敗を率直に説明する姿勢が欠かせません。

第2に、思想家になること。正解なき時代に、自社の価値判断の軸を打ち立て、言語化する責務があります。

第3に、これが最も根本的な転換ですが、「戦略を立てるのは経営者の仕事ではなくなる」と認識すること。

戦略が機能しない時代だからこそ、経営者の役割は「組織と人をつくること」へシフトします。精緻な戦略を練るより、どんな変化にも自律的に対応できる組織と人財を育てることに、経営資源を集中すべきです。

Profile

入山章栄氏
早稲田大学大学院経営管理研究科、早稲田大学ビジネススクール 教授

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(経営学)取得。米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を経て、2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科准教授、19年より現職。専門は経営学。
国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。メディアでも活発な情報発信を行っている。